2005年12月21日

疲れた/チョコいっぱい食っちゃった

鉛のよにからだが重い

最近は痩せたいと思いつつ気力と体力と根性がなく
食いたい物は食ってしまうだ

随分体型が変わったと思う

逞しく太い

これは惰性や怠けからなのか

××

そんなこともわかんなくて
からだはわたしのものだから
どのかたちがいいか
ちゃんとしたいな


でもけふは寝るです

ステージをだいじに
照明ばかりみないように


posted by nico at 23:13| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エルビスプレスリーの死に至る病によって生み出されたうんこ

ずっとキリキリ舞のペースが掴めない日々

それになんら変わりはないけどなんとなく節目を終えられた
12/16にルデコで躍らせて貰えるのは結構前からはなしをもちかけて頂いていて
そのころ私は本当に今よりも「ストリップショーができる場所」を求めていて
「とりあえず12月にはステージにあがれるんだからそれまでは生きていよう」
みたいな大袈裟なことを思っていたからだ。

写真のモデルをやってみるということもなんだかもう思考錯誤で
やるますよーアハン
とか言ったわりには結構悶々としていた。
だって写真って。
実は私は「写真」というツールにめっぽう興味が無かった。
わからないというか
今でもよくわからない≒私は写真を撮って作品として提示しようと殆ど思わない
あと
「写真にうつっているオンナ」
というイメージに反発する気持ちがなんかあったからだ
私自身が
「写真にうつっているオンナ」を「ひと」として見たことが無かったからかもしれない。
はいはい、きれいですね、ものうげですね、いみありげですね、でも、レンズの向こうでそんな顔してるだけじゃんか、ぐらいの。
酷い思い込みだ。
まあでも正直な話。
写真ってちょっと悩ましい、と思ってしまう。
本当に興味が無かったから写真作品というものにちゃんと向き合ったことも無かったし


勿論いろいろな方と関わり「作品」に向き合うことで自分の視野の狭さは随分思い知った

そして、写真を撮っている人は「生きる覚悟」ができている気がすごくした。
私と比べてってことだが
ちゃんと生きながらえて死ぬ覚悟とも言える

まあいろんなひとがいるだろうが私は私が関わったひとを見てそう思った

私がもう少しものわかりがよくなったら、青臭くなくなったら、写真というツールに興味を持ったり、するかもしれない。



×
×

ところで、なんやかや今年は小心者の私にしては結構頑張ったかも〜なんて思う
ひとと比べたらアレだし自分でも怠け者なのは反省してるけど

まあまあまあまあ ねー

というわけで、ずっときりきり休日もきりきりどうやったらなにがいつ休日なのさと思っていた私も昨日と今日二日間は心も体もきりきりしなかった
なにしてたかって大好きな友達と食いまくったり飲んだり寝たりあんなことにかまけたりすっぴんで調子に乗って踊ってみたり男の子とセックスしないでともに寝てみたり
とにかくちょっとも無理しないというかやる気とか本気とか出さなかった
やぶにらみもしない
素直に幸せな二日間だった

劇場の仕事の前の日にゴロゴロしてるなんてアレだなあなんて思いつつも
でもいいよ、と思ったよ

ハタから見たら、私はよく遊びまわって楽しいことが大好きで毎日休日じゃんと思うかもしれないけど
まあ確かにそうなんだけど
もうなんの虚勢も張らないで、自分はこうあるべきだのなんの考えないで
いられたのでとっても素敵なホリディだった

だって私追い詰めに追い詰めたら出口が
本当に
なくて
怖かった



これからも勿論ダメだしながらちゃんとやっていきたいけど
この二日間にはダメださない


×
×

あの歌のあの一説に取り込まれて
いやとりつかれて

もう言葉なんて無いのだと思った
すごく短い
ほんの何秒の中の
あの感じ
思い

なんだかとても恐ろしかった
いや過去のことではなく
現在も未来も
恐ろしく悲しい

生きていって幸せになりたいけれど
私は私で
わかりやすい言葉で言えば
本当の涙のようなものを
手に入れたい

総じて言えば
これも
快楽主義の夢見がちみたいなことだが

まだ何かを信じている
posted by nico at 01:19| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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